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日本の電信と電力の夜明け

日本の電信と電力の夜明け
2021年4月13日
IEEJプロフェッショナル 大島正明
1.はじめに
ここでは電信と電力が明治時代いかに日本に導入されたいきさつを述べている。電気技術については江戸時代にも関心を持たれていたが,日本人が本格的に取り組むようになったのは明治になってからである。

2.電信の歴史
2.1 世界における電信の歴史
(1) ドーバー海峡を横断する海底電信線は英国によって1851年に開業した。大西洋横断の国際電信線の完成は,1866年である。ウィリアム・トムソン(ケルビン卿)はこのとき,ビクトリア女王からナイトの称号を受けている。
(2) ケルビン卿は1870年,無人で電信信号を記録できるサイホンレコーダを開発した。
(3) リレーの接点増幅とケーブル空き芯及びサイホンレコーダを使えば,原理的にはリモートで信号を盗聴することが可能となる。英国が覇権主義を標榜していた(大英帝国)ことから考えると,接点増幅及びサイホンレコーダによって,英国は各国の電信をリモート盗聴していた考えるのが自然である。

2.2 日本における電信の歴史
(1) ペリーが2度目に来航したとき,横浜で電信技術の実演が行われた(嘉永7年2月24日,西暦では1854年)。ここで使われた電信機は,将軍家定に献上されている。
(2) 大北電信会社は,明治4年(1871年)に長崎とウラジオストック,長崎と上海との間を海底電信線で結び,長崎市小ケ倉町千本でケーブルを陸揚げした。ケーブル陸揚庫は現在,長崎県の指定史跡として現地付近に保存されている。大北電信会社は,長崎支局を市内外国人居留地内にあるベル・ビューホテルに置いた。このとき,長崎-東京間の国内電信線は未設なので,明治4年11月(1871年12月)に出発した岩倉使節団が新政府に発信した電報は,大北電信の技師が解読・文章化して東京まで飛脚が運んだものと考えられる。
(3) 工部大学校電信科のお雇い教授,ウィリアム・エドワード・エアトンは,ケルビン卿の弟子であり,日本に来る前にはインドで電信線の建設工事に従事していた。
(4) 1878年3月25日に開業した電信中央局の跡地には現在,電源開発本店建屋がある。3月25日が電気記念日となっているのは,電信中央局開業祝賀会の会場でエアトンの指導によってアーク灯が日本で初めて点灯したことが由来である。

3.電力の歴史
3.1 世界における電力の歴史
トーマス・アルバ・エジソンは1879年,実用的な白熱電球の製法を発明し,1882年にはニューヨークで商用発電所の運転を開始し,照明用に電気を販売した。

3.2 日本における電力の歴史
(1) 東京電灯は明治20年(1887年)11月29日,茅場町地区で電気の販売を開始した。エジソン社製直流発電機を使用した。
(2) 大阪電灯は明治22年(1889年)5月20日,西道頓堀地区で電気の販売を開始した。トムソン・ハウストン社製交流発電機(125 Hz)を使用した。大阪電灯は,最初から交流で販売した。
(3) 日本に大規模50 Hz系統と大規模60 Hz系統とが並存するのは,帝都東京と商都大阪との間の競争意識,対抗意識が基本原因ではないかと考えられる。

4.まとめ
明治時代の日本においては, 電信技術と電力技術とが, 欧米の技術者(お雇い外国人)の指導を受けながら, 日本の近代化に貢献した。しかし,欧米人の貢献には,リモート盗聴などの隠された意図もあると考えられる。

以 上