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2019年2月定例会講演概要(2)

山川健次郎顕彰活動

2019226

山内経則

1、はじめに

 山川健次郎は、安川敬一郎の要請で明治専門学校(現国立九州工業大学)の創立総裁として独特の教育理念「技術に堪能なる士君子の養成」で経営した。筆者は、九州工業大学院で学んだ後に勤務の関係で会津若松市に延べ20年在住した。その間に同窓会(明専会)の活動の一環として健次郎の足跡を研究し、また会津若松のNPO「山川健次郎顕彰会」の発起人の一人となった。今回の報告はでその経緯である。

2、山川健次郎の業績

1)    白虎隊士として会津戦争を経験し藩の計らいで長州藩士奥平謙輔の書生として勉学、その後、北海道開拓使黒田の英断により米国シェフイールド科学校で土木工学を学ぶ。

2)帰国後東京開成学校教授補として物理学の研究と教育を担当。明治29
  にX線の研究を寺田寅彦らと行う。

3)明治34年東京帝国大学総長、明治38年7博士事件により総長を辞任。
  明治40年明治専門学校総裁。明治44年九州帝国大学総長を兼務、大正2
  東京帝国大学総長。

4)メートル法を推進、迷信から脱却した合理的な行動を推進。

5)山川の撒いた物理学の種子が約100年を経てノーベル賞受賞者続出へと
  開花した。

3、山川家の方々

 健次郎は、祖父重英のもとで進取かつ合理的な家風で育つ、武器の優劣(科学技術の差)で勝敗が決することを会津戦争で体験した。兄浩(東京高等師範校長)、妹捨松(女子米国留学生、大山公爵夫人)など兄弟は各界で活躍した。

4、顕彰会の活動

 1979年に九州工大70周年記念会津若松座談会を皮切りに2003年まで明専会主催でフォーラムや講演会を開催した。2004年に山川健次郎顕彰会を発足し翌年に胸像建立と生誕150年記念式典を挙行した。その後毎年胸像前での献花祭と講演会を開催。評伝の出版、講演会、地元小学校への出前講義を継続実施している。子供の科学教室開催も計画中である。

5、参考資料

1)山川健次郎顕彰会会報 第8号「士君子の絆に感動する日々」(平成2710月)

2)山川健次郎顕彰会会報 第10号「士君子の絆に導かれて」(平成2911月)

3)「日本人と近代科学」、渡辺正雄、岩波新書G67、昭和51年(1976

4)評伝「山川健次郎」士君子の肖像、山川健次郎顕彰会、平成25年(2013

5)「山川健次郎と藤田哲也」北九州産業技術保存継承センター、平成26年(2014

6)MEISEN SPIRIT」明専会設立百周年記念、明専会、平成27年(2016

以上