会の活動  定例会     

 

 

 

 

定例会講演概要 (講演一覧:定例会講演一覧.pdf

2023年6月 上田茂太 「パワーエレクトロニクスが拓く未来」

2023年4月 浅川基男 「日本のものづくりは もう勝てないのか」

2023年1月 佐藤勝雄 「最近の電力事情について」

2022年10月 梅崎太造 「音声情報処理技術の転用と実用化」

2022年9月 長瀬 博 「自動車の電動化」

2022年6月 柴崎一郎 「物造り35年、泣き笑い語録と現状」

2022年5月 森本雅之 「パワーエレクトロニクスの広がりと社会人教育」

2022年2月 伊瀬敏史 「系統連系インバータの仮想同期発電機制御について」

2022年1月 水野弘之 「量子コンピューティング技術」

2021年12月 桂 誠一郎 「ロボット技術を活用した技能の継承と伝承 ~ 人から人へ ~ 」

2021年6月 中村知治 「地域の再生可能エネルギーと既存配電線を活用した地域マイクログリッド」

2021年4月 大石不二夫 「リニア中央新幹線のアウトラインと開発事例 ~ 六十年かけた夢 ~」

2021年3月 天雨 徹 「(電力分野)現在の技術の課題」

2021年2月 渡辺和夫 「楕円関数、変分原理及び微分・位相幾何の電力ケーブル問題への応用」

2021年1月 白川晋吾 「大震災後の電力・エネルギーに関するエンジニアリング教育例と日本での電源構成の課題」

2020年11月 長谷良秀 「電力・動力系エンジニアリング分野に見るDigital革新について」

2020年10月 佐藤信利 「ドイツの再生可能エネルギー普及への取り組みと日本」

  

定例会講演 2023年6月29日

 

パワーエレクトロニクスが拓く未来

 2023年6月29日
IEEJプロフェッショナル
上田 茂太

 パワーエレクトロニクスの応用分野の最新動向について説明し、今後の動向や期待について述べた。また、これまでの研究事例についても併せて紹介した。

(1)パワー半導体の進化
 現状はIGBT(Insulated Gate Bipolar Transistor)が主流であるが、変換装置の小形・高効率化の観点からSiCデバイスの適用拡大が進んでいる。その次の有望なデバイス素材として、さらに低オン抵抗化、高耐圧化が可能な酸化ガリウムが期待でき、現在、ショットキーバリアダイオードが製品化されている。なお、GTO(Gate Turn-off Thyristor)は利用しにくく過去のものとなっている。光サイリスタについてはHVDCで使用継続されている。

(2)モータの進化
 高効率化という観点からネオジム磁石を使った同期モータが高性能分野で利用拡大中である。ネオジム磁石は、資源の大半が中国に偏在しかつ製品生産量も圧倒的に多い。ただし、高温特性の良い焼結磁石については日本の製造技術が優位である。レアアース床は南鳥島(2013年)やスウェーデン(2023年1月)で発見されており、現時点では採掘の採算は取れないかもしれないが貴重な資源であり開発を急ぐべきである。産業用モータの高効率規制については、EUでIE4が適用される予定となっており、誘導機で対応でず同期モータの適用拡大が進むと予想される。

(3)直流送電の進化(自励式,多端子グリッド化)
 国内では、1999年1月に自励式3端子実証試験を海外に先がけて実施し先行したが、デバイスがGTOであったことも一因で実用化が進まず、他励式が主流となっていた。海外ではIGBTを用いた自励式多端子が適用され、風力や太陽光の電源から需要地への長距離送電のためのHVDC案件が急増している。変換回路方式としてはMMC(Modular Multilevel Converter)が実用化され、損失が他励式と同程度になり今後適用拡大が期待される。なお、中国では国家的なプロジェクトとして海外企業と共同で自励式HVCDの案件が運用開始済を含め急増しているのは注目すべき。標準化による短納期化が図られているようである。国内では電力網のネットワーク化による系統安定化のため長距離HVDC導入の計画があり実現に期待したい。

(4)電車、新幹線の進化
 パワエレは省エネに大きく貢献している。直流受電近郊電車では、抵抗制御(1957年頃)と比べ、現在インバータ制御により消費電力量が半減し、同期モータ適用によりさらに低損失化が実現できている。また、新幹線でも0系(1964年)に比べN700S系ではアルミ車体適用、誘導機使用、SiCインバータ使用等により消費電力量がほぼ半減している。

(5)電気自動車(EV)の拡大
 中国でのEV比率が16%(2022年7月)に達している。中国自動車メーカ宏光MINIが販売実績28万台(2021年1~9月、1台50万円程度)を挙げているのは注目すべき。コンセプトは「通勤の足」であり、片道30分程度を1日1往復、走行距離120km、最高速度100km/h、エアコンなし、空冷方式、半導体は家電用を転用など機能や性能を簡素化して低コストを実現している。モータは日本製の永久磁石同期モータ、パワー半導体はドイツ製である。  

(6)電池について
 エネルギー体積・重量の高密度化という観点では、今後リチウム硫黄電池が期待される。全固体化については自動車メーカ中心に開発中である。高密度化も重要だがユーザの視点からは急速充電性能をさらに重視すべきで、5C~10Cレート充電が可能なナトリウムイオン電池が期待できる。EV用電池の世界シェアは中国メーカが50%を占め、海外の自動車メーカへ広く供給している。電極材の資源については中南米、オーストラリア、中国等に偏在しているが、生産技術については日本が先行している。電池システムの生産としては中国、韓国が圧倒的に多い。
 充電設備については、国内2022年3月現在、普通充電(21,200カ所)と急速充電(8,260カ所である。急速充電を現在のガソリンスタンド(2022年4月現在24,300カ所)並みに普及させるべきである。現行急速充電器には25kWと55kW仕様があり、整流回路、DC-DCコンバータが用いられる。仮に全スタンドに4台の急速充電器を設置すると合計5GW程度のコンバータ需要が生ずることになる。
 蓄電池の仮想発電所(VPP:Virtual Power Plant)への応用については、考え方は古くからあったが、電池やIoT技術の進歩により実用化が進む。米国テスラ社が2017年頃から、米国、オーストリア、英国、日本(沖縄)などで大規模展開中である。2022年度に「PowerWall」と称して、宮古島に650台導入済で、久米島、石垣島へも導入予定ある。欧州では、ドイツ、オーストリアを中心に15,000件(住宅を除く)のシステムが参加し各種電源と蓄電池をマイクログリッド化している。

(7)可変速揚水発電について
 同期発電機二次側をサイクロコンバータやインバータで交流励磁して、周波数調整などに使用するもので、日本での適用は早く世界に先駆けて1987年に実用化している。上ダムに水を貯める一種の蓄電機能であり、起動時間が3~5分と高速なので、火力などの補完機能して有効に利用することができる。ドイツではすでに風力や太陽光との連携制御を実用化している。高速起動のメリットを有効に活用すべきである。

(8)風力発電について
 国内では、2022年時点で累積2,622基、4.8GW導入されている。近年は大容量機の導入が増えている。海外では、中国が導入量を急速に増やしており、累積では陸上・洋上ともに多く、世界の38%(2020年末)を占めている。メーカシェアも中国が50%、次いで米国が20%となってる。欧州では、洋上風力と需要地への多端子HVDC送電のプロジェクトが増えている。北海の人工島からデンマーク、ドイツ、英国、ノルウェー、ベルギーへ70~100GWの送電を計画中(2035年予定)である。

(9)太陽光発電について
 両面受光パネルの利用が期待される。コストは片面パネルとほぼ同等なので、設置を工夫すると地面や雪面からの反射光が利用でき発電量の増加が期待できる。北海道の北見で実証試験(36kW)、旭川(1250kW)、滝川(2.25MW)などで実用化されている。

(10)高専での研究事例紹介
 エレポータ、リニアモータカー、太陽光発電、電気二重層コンデンサなど

(11)まとめ
 パワエレ技術は,電気の「なんでも屋」である。日本が従来から持つ高度な材料技術,製造技術を基礎として,パワエレ応用範囲拡大に期待したい。

 

以上 

 

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定例会講演 2023年4月25日

 

日本のものづくりは もう勝てないのか

 2023年4月25日
 早稲田大学 名誉教授
 浅川 基男

 日本に不足している異端をイーロン・マスクに学ぶ

 EV自動車の先端を走るイーロン・マスク率いるテスラは,締め付け力6000㌧のイタリア製大型ダイキャスト用ギガプレスをテキサス工場に10台導入し,リアーボディ部を70部品から2部品と大幅に減少させた(図1).

 図1 テスラの大型ダイキャストによる部品点数の削減

冗談ではないが模型のミニカーの製法と同じで,子供のような新鮮な発想である.自動車に門外漢のイーロン・マスクのような人が偏狭で常識破りの発想をする典型例と言える.日本が今決定的に不足しているのはこの「異端の発想」であり「やってみなはれ!」の精神である.

 

 材料をベースとしたものづくり

 図2に日本の製造物の世界シェアに示す.日本の最終製品は平均5~30%とそれなりに貢献しているが,部品では50%を超え,部材(例えば圧延や鍛造などの素形材)では60%ほどに達している.特に半導体製造の材料分野では世界の60~100%とほぼ市場を独占し,日本の得意科目である.主要七か国のG7 の中で,ものづくり産業が付加価値にして100 兆円強,約 1000 万人が従業しているのは日本とドイツである.

 

図2 日本の製造物の世界シェア

 アナログとデジタルのハイブリッド化

 予備知識のない受験生は「これからは情報,AI,データーサイエンス」と短絡して情報系学科をそのまま選択しやすい.ディープラーニング(Deep Learning:コンピューターが自動的に大量のデータの中から希望する特徴を発見する技術)を主体とするAIは,電気や機械出身者の能力と親和性がある.電気や機械を学ぶには1~2年以上にわたる基礎的専門知識や実験実習が必須である.AIなどを含むデジタル技術を高度化するためにはアナログ要素の現場力が大きな役割を果たす.現場力を習得したエンジニアは,はるかにAIに馴染みやすく身につきやすい.しかし,その逆は難しい.東大の松尾豊教授も「これからのAI時代の三種の神器は電気・機械・ディープラーニング」と注目しているほどだ.

 

 外国人研究者・技術者,企業の招聘

 日本人教育者が日本人の若者を変えられるであろうか?日本人による日本人のための日本だけに通用する英語教育が絶望的な結果に終わっていることがそれを証明している.日本人のマインドを触発するには,海外の優秀なエンジニアと一緒になって学び働き,意思疎通を重ねながら世界的視野を育むことが一番の早道である.日本活性化の起爆薬・呼び水として「自己主張」できる外国の優秀な教員や若者を,積極的に日本に招き入れよう. 幕末明治の鍋島直正・小栗忠順・大隈重信らの先人が外国人講師を招聘し大きな変革した事例もある.

沖縄科学技術大学院大学 は2019年6月,科学誌「ネイチャー」が「質の高い論文ランキング」で世界9位と報じた.元マックス・プランク研究所会長のピーター・グルースが学長で,教授・学生の半分が外国人である. 相撲でも幕内力士四十数名中4割弱のモンゴル出身者,2019年秋にラグビーワールドカップの日本代表は,31人中15人が外国出身であったことを思い起こそう.

アイルランドは思い切った優遇税制を武器にインテルの工場を国内に誘致,その後グローバル企業を国内に呼び込むことに成功し,今では世界トップクラスに労働生産性を上昇させた.熊本に工場を建設したTSMCは海外のエンンジニアと一緒の仕事,英語の分厚い書類片手の仕事が日常,新人採用時の面接試験はもちろん英語,初任給は3割増し,としている.熊本発のシステムが日本を変革して欲しい.

 

 若者がチャレンジする日本へ

日本の人口減が,ものづくり産業の衰退を加速させている.しかしピンチはチャンスである.この危機を嬉々として生かせるのは若いエンジニアである.今までの周囲に合わせてきた「忖度」や「みんな一緒」を一度横に置き,自分独自の仕事のスタイル「異端」に変えてみよう.上司や先輩から自分勝手,常識外れ,出来っこない,と言われても走り出してしまえばそのうち周りが「なに?なに?」と寄ってくるのが世の常だ.まずやってみよう!問題が出てきたら走りながら考えたらよい.

 

参考文献

日本のものづくりはもう勝てないのか,(2021.6),幻冬舎

日本機械学会,日本はものづくりで勝てないのか,125-1298(2022),40-41.

 

 

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定例会講演 2023年1月24日

 

最近の電力事情について

 2023年1月24日
IEEJプロフェッショナル
佐藤 勝雄

 最近の電力事情は、電気料金の高騰、電力不足による節電要請などにより電力供給が不安定になっています。1973年のオイルショックの時には、原子力発電所が稼働を始めた時期で、石油の火力発電所の依存率が下がり、事なきを得ました。
 今回の電力の難局について6項目に焦点を当て、客観的な技術データにより検証し、課題を整理しました。今後の打開策を立案する一助にしていただければと思います。
 東日本大震災の福島第一原子力発電所の事故以降、電力に関してはその前後で様相が一変しました。
 最初に「政策による三大改革」がありました。すなわち①電力自由化による電力市場の導入②再生可能エネルギーの積極的な導入③原子力発電所の停止です。
その後、「情勢変化による三大危機」が起こりました。すなわち④ウクライナ紛争による一次エネルギー危機⑤火力発電所老朽化による廃止と脱炭素による火力発電所の計画中止⑥再生可能エネルギーの環境問題の顕在化です。
 2011年の東日本大震災以降、電力事業は、電力自由化により再編成されました。震災直後、LEDやインバータの普及により省エネルギーが効果を発揮し、約10%の電力需要を押し下げました。脱炭素2050年に向けて、産業の電化と自動車のBEV化が進んでおり、エネルギーの電力への転化が進み電力需要は一層の増加傾向です。
 安定した電力供給を継続するため、供給責任のある体制が必要です。
今後、電力の新技術が花開いて、課題が解決することを祈念しています。

以上

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定例会講演 2022年10月27日

 

音声情報処理技術の転用と実用化
ー 安全・安心な生活空化の構築を目指して ー

 2022年10月27日
名古屋工業大学名誉教授
中部大学工学部ロボット理工学科

梅崎 太造

1. はじめに
 音声・画像情報処理技術と人工神経回路網(ニューラルネットワーク、以後NNと記す)の設計技術を応用したものとして、指紋・静脈・顔・虹彩の個人照合装置や車番認識装置などのセキュリティシステム、および製造ラインにおける外観検査装置などを開発してきた。近年では、2次元の画像情報のみでは判定できない製品検査のために、3次元形状計測技術を組み込んだ装置の開発やロボットへの組み込みに取り組んでいる。今回は、これまでに実用化された装置と自動車産業(サスペンション・エンジンばねの検査、ガラスパネルの接着剤検査)・航空機産業(ファスナ・航空機用高密度配線の検査)・ロボット産業(ピッキング、教育用)向けに産学共同で研究開発して来た事例について紹介する。

2. 大学発ベンチャー起業
 1999年に最初の大学発ベンチャー梅テックを設立し,すでに23年経過した。個人版TLOを設立した当初の理由は,①知的財産の帰属を明確化する、②要素技術の実用化を前提にした研究開発を行う、③共同研究や受託研究の窓口を設置する、④研究室の事務処理をサポートするである。
 次に,2005年に音声・画像情報処理技術を基盤とする計測・検査装置の開発ベンチャーμ-skynetを設立した。これは,東海地区の多品種ものづくり企業(特に中小企業が多い)より,サンプル抽出した製品の検査工程から全数検査に移りたいという要望が多く寄せられたためである。開発期間が十分に長く,不良判定や計測のソフトウェアのみを開発するのであれば,大学との共同研究として受け入れ可能だが,多くの場合,開発期間は短く,ハードウェアも含めた完成度の高い装置の開発が期待される。本来,開発された技術は,企業技術として内製化していくことが理想と思われるが,優秀な人材教育まで手が回らないというのが実態のようである。大学の研究室レベルで前記技術の開発・実装までを引き受けるのは,不可能に近くやるべきではないと思い,ベンチャーを起業した。
 その後,WEB事業への参入と認証・計測技術の新たな応用を目指して2007年toUを設立,さらに,3Dコンテンツ・3Dディスプレイ・3Dプリンタの開発とそれらの応用展開を目指して3Dragonsを大学時代の友人と設立した。5番目の梅テックHDは,本務校から3つ以上のベンチャー経営は認めないと言われたため,梅テック,μ-skynet,toUを統合して現在に至る。

3. 実用化した装置
 これまでに実用化した製品と関連する技術を以下に列挙する。

3.1 音声・画像情報処理技術を転用した製品
(1)発話訓練機 … 音声分析(線形予測)・認識(DPマッチング)
(2)指紋・静脈・顔照合装置 … 音声分析(線形予測)・認識(DPマッチング、隠れマルコフモデル)
(3)不審者・不審車の検出装置 … 音声分析(高次自己相関)・画像認識
(4)カラオケ採点装置 … 音声分析(自己相関、周波数解析)

3.2 音声・画像情報処理技術と人工神経回路網技術を併用した製品
(1)車番認識装置 … 音声認識(DPマッチング)、画像認識、NN
(2)2次元顔画像と3次元顔画像の合成装置 … 音声認識(DPマッチング)、画像処理、NN
(3)人・顔位置・車の検知装置 … 画像処理、NN

3.3 音声認識技術を品質検査分野に転用した製品
(1)車用ブレーキパッドの打音検査 … 音声分析・認識
(2)皮膚のシミやキメの検査装置 … 音声分析(ピッチ検出)
(3)プリンターの動作音による不良検査装置 … 音声分析・認識(連続DPマッチング)

3.4 3次元形状計測技術と画像処理技術を併用した製品
(1)バネの形状計測装置 … レーザ切断法、音声認識、画像処理
(2)顔の形状計測装置 … 位相シフト法、画像処理
(3)基盤のはんだ厚み検査装置 … 合焦点法、画像処理
(4)人体・車載シートの形状計測装置 … 位相シフト法、画像処理
(5)デジタルホログラフィを用いた光顕微鏡(細菌の検査装置) … 光干渉法、画像処理

3.5 3次元形状計測技術と画像処理技術をロボットに組み込んだ製品
(1)車載ガラスパネル上のビード検査装置 … 位相シフト法、画像処理
(2)ピッキング装置 … 位相シフト法、画像処理
(3)工場内で動作する搬送装置 … 超音波センサ、画像処理、NN

3.6 経済産業省の補助金(サポイン)による研究開発プロジェクトで開発した装置
(1)航空機用ファスナの3次元形状計測ロボット … 位相シフト法、画像処理、NN
(2)航空機用高密度配線検査装置 … 画像処理、NN

4. 最後に
 製品の販売まで到達するには,マーケットリサーチ,資金調達,販路の確保,広報,スピーディな対応,販売,メンテナンス等の問題をすべてクリアしなければならない。いろいろ考えた結果,「 技術 <デザイン・市場 < 経営戦略」という式が出てくる。今まで経営戦略では痛い目に合わされこともある。「貴社の技術を採用することが99%決まっています。」という話が数ヶ月続いた後,最後にひっくり返された例もある。「私の技術は世界一だから間違いなく儲かるよ。」と言われる大学の先生が多い。その度に,「優れた技術かどうかは使う人が決めることであり,先生が決める話ではない」と助言している。

 

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定例会講演 2022年9月27日

 

自動車の電動化

 2022年9月27日
IEEJプロフェッショナル
長瀬 博

 カーボンニュートラル(CN)を実現する上で話題になっている「自動車の電動化」について紹介をした。
1.自動車の電動化の状況
 米国、EU、中国、日本は2030年代にエンジン車の販売禁止を表明している。EV(Electric Vehicle)、PHEV(Plug-in Hybrid EV)、HEV(Hybrid EV)への対応は各国で異なる。日・米・欧の自動車メーカも上記動向に合わせて電動化計画を発表。2035年には世界の新車販売台数の17~32%が電動車になると予測されている(割合の違いはシナリオの違い)。電動化は電力業界も、再エネのような変動電源が今後も増加することに対応する需給調整に電動車の電池を利用できるとして大いに期待している。また、電動車の電池をリユースして電力用電池供給源として使用することも始まっている。

2.EVを取り巻く環境
 効率の点で、モーターは90%以上、エンジンは40%~50%と圧倒的に電動車が有利。モーターにはさらにトルク高応答・高精度、正逆トルクの発生(ブレーキ)、小型軽量化が可能というメリットがある。
 Well to Wheel(油田から車輪まで)での走行距離当たりのCO2排出量は、一般的には、ガソリン車≫HEV>EVとなる。EVにエネルギーを供給する電源のグリーン化が重要であり、例えば石炭火力が多い国では、EVがHEVを上回るCO2を排出する試算もある。
 CNの点からは、LCA(Life Cycle Assessment)評価が重要である。電池の製造過程でのCO2排出量は容量に比例して増える。マツダによると、EVの一充電の走行距離をガソリン車並みにするため、電池容量を大きくすると、電池交換まで含め、生涯のCO2排出量はディーゼル車を上回る。また、トヨタは、「敵はCO2であってエンジンではない」のもと、HEV、EV、FCV(Fuel Cell Vehicle 燃料電池自動車)とフルラインアップで全方位開発を進めている。資源の点では、銅、レアアース、リチウム、ニッケル、コバルトなどの制約も厳しい状況。例えば100万台の増産で必要とするリチウムは現在の使用量の2倍となり大きな制約となる。これらから、EVは小型、短距離車が適するという議論もある。
 FCVはこれからという段階。乗用車に加え、大型自動車、長距離走行に向けての取り組みが進んでいる。韓国も熱心。水素スタンドなどインフラ整備が重要である。政府はモビリティ・水素官民協議会を設置して水素の自動車への拡大を検討している。
 さらに、Audiによる再エネを利用して生成した合成燃料、トヨタ・BMWによる水素エンジンへの取り組みもある。自動車会社は世の中の報道のようにEV一辺倒ではなく、他の方式も探っている。

3.電動化(電気駆動)方式
 電動車の駆動モーターは永久磁石型が小型高効率、負荷トルク/回転数範囲の広さなどから殆どである。一方、材料リスク回避のため、誘導型モーター駆動も開発されている(Audi、Teslaなど)。さらに、高速走行に有利な巻線界磁同期モーターが適用された車(日産アリアなど)が話題になっている。
 電池は乗用車としては体積が大きく、非常に重いため、床下に配置される。航続距離を伸ばすため大容量化が進むが、長距離の走行頻度が低い場合は日常的には無駄が多くなる。
 EVはモーターの独立性が高いため、電動駆動モジュール(モーターとギヤの一体型でe-axleと言われる)が開発されている。EVの新興製造会社のすそ野を広げるのに貢献。電動化の特徴を活かすには、全4輪の独立制御が可能なインホイール方式の車が有効とされる。高度な運動制御が可能である。
 EVには、一充電の走行距離がガソリン車より短い、重量、充電時間、充電ステーションの充実、レアアースなどの資源問題などの課題がある。

4.EVの充電方式
 コネクタ、ロボットアーム、パンタグラフ、非接触、電池交換などがある。現状は、コネクタによる充電で、日本の規格はCHAdeMOである。普通充電は3~6kW(日本では6kWは特殊工事必要)、急速充電は大容量なものが出現しているが、通常は30~50kW。充電器コネクタが米国・EU・中国・日本の各国で違う。現在、日本のCHAdeMOと中国とで共通仕様(ChaoJi)化が進められている、北米と欧州は大型自動車向けに共通仕様を開発中。
 コネクタ接続による充電の不便さを克服するため、ワイヤレス充電がある。位置決めなどの運転操作が難しいものの、自動運転とは相性が良い。車載コイル重量が大きいなどの課題がある。国際規格化がほぼ完了。2035年には大きな市場になると期待されている。
 将来EVが増加すると充電渋滞が考えられる。NEXCO中日本によると、東名の全サービスエリアを充電スペースにしても不足するという試算がある。走行給電方式は、車載電池容量低減できる(現行乗用車の搭載量でトラックのEV化が可能)などのメリットが期待できる。世界各国、日本でもNEDO等を中心に開発が進められている。しかし、社会実装へのハードルが高い。

5.ハイブリッド自動車
 駆動方式はシリーズ、パラレル、シリーズパラレル(動力分割方式)がある。各社のハイブリッド化の考え方(簡単にハイブリッド化するか、本格的にハイブリッド化するか)により12V電池を利用するマイクロ(1.9~2.3kW)、48V電池を利用するマイルド(4.8~16kW)、高圧電池を利用するストロング(10~165kW)に分かれる。シリーズ、パラレル、シリーズパラレルにはそれぞれ特徴がある。自動車各社は、自社の戦略、得意技術などにより、これらの方式を選択的に使い分けている。

 

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定例会講演 2022年6月21日

 

物造り35年、泣き笑い語録と現状
(高感度薄膜ホール素子の研究開発)

 2022年6月21日
IEEJプロフェッショナル
柴崎 一郎

 今やAIやIoTが叫ばれ、センサ技術が注目されるが、その実態や具体例はわかりにくい。この度、IEEJプロフェッショナル会の定例会で話す機会を頂き、高感度薄膜ホール素子の誕生、応用と社会的インパクトについて、話したのでその一部、概要を紹介する。
 1970年代中葉、オイルショックを経た日本の産業は、大変化、混乱の時代であった。重厚長大と言われた化学産業は、企業体質の転換を迫られ、その多くは失敗となったが、異分野の研究開発にチャレンジした。当時の旭化成工業(株)(=現旭化成(株))も例外ではなく、異分野のInSb薄膜ホール素子の開発も手掛けた。学会や産業界からは過去のものとして見放した研究であった。筆者は、縁あって、初期から加わった。工業的可能性は全く未知で、研究グループは、筆者も含めて半導体技術の専門家は一人もいなかった。
 しかし、数多くの曲折、課題を克服し、最初に、①InとSbの5桁の蒸気圧差を利用した新規蒸着法を開発し、厚さ1μm、量産レベルで、画期的な高感度が期待できる、高電子移動度20,000~30,000cm2/V・sのInSb薄膜の量産技術を確立した。更に、②InSb薄膜を上下からフェライトで挟む構造(磁気増幅構造)で、フェライトの磁化により、検出磁界を5~6倍に増幅し、最終的に、従来比、20~30倍という磁界検出の高感度化、次いで、歴史的な課題であった③ホール電圧の温度依存性の一桁低減にも成功した。④製造プロセスは、当時としては最新のフォトリソグラフィーとワイヤーボンデングと樹脂パッケージによる量産技術を確立した。Fig.1 には、開発した高感度InSb薄膜ホール素子(素子チップ)及び樹脂パッケージの製品(旭化成マイクロシステム HWシリーズ)である。このホール素子は、半導体素子は単結晶が主流の時代、真空蒸着の多結晶薄膜を半導体素子の動作部に本格的に使う世界で最初の例である。研究に終わりはなく、その後、最先端のInAs単結晶薄膜や量子井戸ホール素子をも開発、実用化し、現在広く使われている。

  

Fig.1 写真(左):パッケージ前の高感度InSb薄膜ホール素子(左上)と市販製品、
    写真(右):CD-ROM駆動用ホールモータ


 この高感度InSb薄膜ホール素子は、開発後直ちに、永久磁石回転子を備え、ノイズの発生が無い、更に、角速度を精密、且つ、自由に電子制御出来る超小型のDCブラシレスモータ、通称ホールモータの開発に供された。当時、開発中の、家庭用VTR、PC、パーソナルオーディオ等の機械駆動に必須の超小型ホールモータの実用化、量産が可能となった。巨大なホール素子の新規市場の誕生であった。
 高感度薄膜ホール素子開発のインパクトは極めて大きく、放送局独占のVTRは、広く普及し、家庭で自由に使われ、旅行や楽しい家庭生活、ドラマなどの動画映像を自由に楽しむことが可能になり、コンピュータは超小型化し、PCとなり、インターネットに象徴される電子情報化社会の実現に道を開いた。ワープロやメール等、その後の電気・電子、情報産業の大発展とインターネット社会の到来、情報化による豊かな社会の実現に貢献した。
 ところで、角速度の電子制御が可能なホールモータは、ブレーキロスも無く、極めて電気―機械変換のエネルギー効率が良い省電力モータである。近年、家電機器、エアコン、車載モータ等に応用が拡がる。更に、バッテリーとホールモータにより、家電機器のコードレス化、電動アシスト自転車、軽量化の為に、重いエンジンに替わる工具の電動化も進む。Fig.2には、InAs量子井戸ホール素子が使われる電動自転車である。モータ以外にも、各種の非接触センサとして応用が進む。高感度薄膜ホール素子は、磁気を利用する非接触センサを自由に使える時代を招来したと言えよう。

Fig.2 InAs量子井戸ホール素子が使われる電動自転車

 高感度薄膜ホール素子は、1980年のスタート時、年間1千万個程度の生産を予定した。しかし、応用が拡がり、過去30年余、推定70%の市場シェアを有し、2017年には、年間17億個を超えて使われた。開発以来の累積生産は400億個を超え、世界で最も多く使われた磁気センサである。モータ技術を変えた、薄膜ホール素子は、今や社会生活の各所で使われ、将来にわたり、電気技術と社会を支える磁気センサであり、非接触センサである。
 以下、独り言。優れた技術とは何か?であるが、東北大学名誉教授、増本健先生は、研究会の質問で、【実用化のインパクト】という言葉を述べた。【ノーベル物理学賞受賞のH.Kroemer教授は、2002年のMBE国際会議(米国)の講演【21世紀のMBE技術】において、【優れた技術とは、応用が拡がることだ】と述べた。筆者が感動した言葉である。
 化学メーカの異分野での物造り研究は、曲折やクレーム、失敗体験等の記憶で溢れる。嬉しいことは、ユーザが我々のホール素子を選んでくれた時と2014年、社会貢献の大きい電気技術として、電気学会、第7回のでんきの礎顕彰で、旭化成(株)開発のホール素子が【電子制御モータを生んだ高感度InSb薄膜ホール素子】として、選ばれたことである。
 最後に、半導体は、産業の米と言われるが、ホール素子はその一品種であろう。筆者は、創った技術は捨て難く、拘り、長年取り組んだ。供給が不安視される昨今、一人の研究者として、物造りと産業の米は大切にと思う日々である。


 

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定例会講演 2022年5月24日

 

パワーエレクトロニクスの広がりと社会人教育

 2022年5月24日
IEEJプロフェッショナル
森本 雅之

1.モータの進化
 モータは100年以上前から実用化されているが,着々と進歩している.例えば5馬力モータとして知られる日立の標準誘導機では,1910年の1号機と比べ体積は1/6に小型化している.これは材料をはじめとする多くの技術の進歩によるものである.
 ところが, 20世紀の終わりになり,モータは進歩ではなく.進化と呼べる変貌を遂げた.それは(1)ネオジム磁石,(2)コンピュータ,(3)IGBT,の実用化と急速な進歩によるものである.そのため,21世紀になってからは,それまでなかった機能が実現されるようになり,多くの機器が電動化,自動化,高度化し,省エネだけでなく,利便性が高まった.

2.パワーエレクトロニクスの広がり
 パワーエレクトロニクスは,産業用から出発したが,現在では,モータ制御のみならず,電源分野も含めて,その応用分野が広くなってきている.輸送機器,社会設備だけでなく,家庭生活に用いる機器にも広がりを見せている.

3.パワーエレクトロニクスの難しさ
 そのような広がりを見せているパワーエレクトロニクスの分野では技術者が不足している.その理由として,パワーエレクトロニクスの難しさがある.すなわち,(1)理想スイッチで理論が組み立てられるが,現実のパワーデバイスでそれを実現する難しさ,(2)電源,駆動機器など周辺の多くの状況,情報に応じて制御しなくてはならないこと,(3)失敗経験などの理論以外の技術や経験が必要なこと,などがある.これらを身に付けたエンジニアが不足しているのが現状である.
 
4.パワーエレクトロニクスの大学教育
 パワーエレクトロニクスは多くの大学,高専で授業科目とされているが,現在の教授内容では,社会で必要とする技術レベルには達していない.この乖離は,社会で必要とする実用化の技術と大学教育での理論の乖離ということでなく,現在必要とされている理論でも教育課程に入っておらず,専門知識が不足した状態で卒業するということである.
現在,パワーエレクトロニクス,電気機器などの科目は電気主任技術者の認定科目となっており,多くの大学で開講されている.しかし,資格認定についての状況が変化すれば,大学の授業科目として生き残るかどうかもわからない.

5.今後の社会人教育
 今後の人材の教育レベルを確保するため,大学教育の充実も考えられるが,直近で行うべきことは,社会人教育のしくみを作ることである.その場合,IEEJプロフェッショナルが力を発揮できることが多くあるのではないかと考える.

 

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定例会講演 2022年2月24日

 

系統連系インバータの仮想同期発電機制御について

  2022年2月24日
大阪大学名誉教授
学校法人奈良学園
伊瀬 敏史

1. はじめに
 再生可能エネルギー発電などインバータにより系統連系される電源は一般的にPLL(Phase Locked Loop)により系統の周波数に追従して制御されるので、回転型の同期発電機とは異なって慣性特性を有しない。そのため、今後、火力や原子力発電に代わって再生可能エネルギー発電の導入量が増加した場合に系統の慣性の減少を招き、負荷急変時などに周波数の変動率の増加が懸念される。また、自立運転時には制御方式を切り替える必要がある。そこで、インバータに仮想的な慣性を持たせる、仮想同期発電機制御(Virtual Synchronous Generator, VSG)が近年注目されている。このような制御方式を適用されたインバータは自立運転機能を有しているのでGrid Forming Inverterとも呼ばれる。本講演では、仮想同期発電機制御の各種方式、ドループ制御との特性比較、過渡時の振動による過電流を抑制しつつ慣性特性を持たせる制御方式、過渡時に時々刻々慣性をダイナミックに変化させる制御方式、ならびに負荷の持つ慣性を利用する制御方式について述べる。


2. 各種の制御方式1)
 VSG制御としては同期発電機をどのようにモデリングするかで各種の方式が考えられている。最も簡単な方法は動揺方程式のみを考慮する方法で、これに加えてガバナおよびAVR(Automatic Voltage Regulator)が考慮される。さらに、電気的な回路特性も考慮する方式もある。定常的なインピーダンスが考慮され、電流を入力とする方法と電圧を入力とする方法がある。VCO(Voltage Controlled Oscillator)を用いて直流電圧の値によりVCOの発信周波数を制御する方法も1986年に提案されている。


3. ドループ制御との特性比較2)
 動揺方程式に一次遅れ特性を有するガバナを加えたVSG制御と、有効電力の出力によりインバータの周波数を低下させるドループ制御にガバナを付加した制御について、小信号解析による伝達関数とPSCAD/EMTDCによるディジタルシミュレーションにより負荷急変時の系統の周波数変化を比較した。その結果、VSG制御により系統の周波数の変化率を抑制できること、特に動揺方程式の慣性の値を大とすることにより周波数の変化率が小さくなること、ドループ制御においてもガバナの遅れにより慣性特性を付加することが出来ること、適切な一次遅れ・進み制御を加えたドループ制御はVSG制御と同様の特性を得ることが出来ること、が示された。


4. 応答特性の改善3)
 インバータ制御に慣性を導入することにより、応答が振動的になり擾乱時の振動により電⼒変換器が過電流となる可能性がある。発電機は短時間であれば定格電流の5倍程度の過電流に耐えることができるが、半導体機器であるインバータは通常、定格電流の1.5倍程度までの過電流にしか耐えることが出来ない。そこで、系統に慣性を提供しながら電力の過渡振動を抑制するような制御方式が必要とされる。本研究では、状態変数(m, Pout)のフィードバックでダンピングパワーPdを得る方法を提案している。本制御方式は動揺方程式の導⼊による固有の低周波振動を抑制でき、迅速に定常状態に至らすことが出来る。単相負荷などによる三相不平衡に起因する電⼒の振動が存在する場合にはローパスフィルタを付加した方法が効果的である。


5. 可変パラメータ制御の導入4)
 VSG制御では動揺方程式の慣性およびダンピング係数をダイナミックに変化させることが可能である。本研究では、加速時に加速を抑制するために慣性の値を大とし、減速時に減速を促進するために慣性の値を小とする方式を検討した。これにより加速を抑制し、減速を早めることが出来る。また、ダンピング係数をゼロとしてもダンピング効果を得ることが出来る。


6. 負荷慣性の利用5)
 VSG制御を系統連系インバータに適用する場合、直流側のキャパシタや電池などに一時的なエネルギーを蓄積する必要がある。これは再生可能エネルギー発電システムのコスト上昇を招く。そこで、既に負荷として系統内に存在する回転機のインバータにVSG制御を適用して、負荷の有する慣性を活用する方法を検討した。すなわち、通常時にはモータドライブのためのインバータ・コンバータとして動作させるが、系統に何らかの擾乱があり、周波数が急変する場合に負荷の有する慣性を活用して系統周波数を抑制する制御手法を検討した。本制御手法の有効性は負荷に送風機を有する2kVAの誘導電動機駆動用インバータ・コンバータを用いた実験により検証されている。

 

参考文献
1)崎元謙一,三浦友史,伊瀬敏史「仮想同期発電機によるインバータ連系形分散電源を含む系統の安定化制御」電気学会論文誌 B (電力・エネルギー部門誌)132巻、4号、341-349(2012年4月)
2)Jia Liu, Yushi Miura, and Toshifumi Ise, “Comparison of Dynamic Characteristics Between Virtual Synchronous Generator and Droop Control in Inverter-Based Distributed Generators,” IEEE Trans. on Power Electronics, Vol. 31, No. 5, pp. 3600-3611, May 2016.
3)Jia Liu, Yushi Miura, and Toshifumi Ise, “Fixed-Parameter Damping Methods of Virtual Synchronous Generator Control Using State Feedback,” IEEE Access, pp. 99177-99190, 2019.
4)Jaber Alipoor, Yushi Miura, and Toshifumi Ise, “Power System Stabilization Using Virtual Synchronous Generator With Alternating Moment of Inertia,” IEEE Journal of Emerging and Selected Topics in Power Electronics, Vol.3, No. 2, June2015.
5)Daisuke Terazono, Jia Liu, Yushi Miura, Shigekazu Sakabe, hassan Bevrani and Toshifumi Ise, “ Grid Frequency Regulation Support From Back-to-Back Motor Drive System With Virtual-Synchronous-Generator-Based Coordinated Control ,” IEEE Trans. on Power Electronics, Vol. 36, No. 3, pp. 2901-2913, March 2021.

 

 

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定例会講演 2022年1月25日

 

量子コンピューティング技術

 2022年1月25日
株式会社 日立製作所 基礎研究センタ
水野 弘之

 

 日立の量子コンピュータ研究開発戦略を、企業(日立)における量子コンピュータ開発の意義とともに紹介した。 

1. 企業における量子コンピュータ開発の意義
 データ資本主義という言葉があるが、それを処理するコンピューティング能力の獲得も重要になっている。例えば、近年話題の機械学習の言語モデルであるGPT-3においては、約1750億個のパラメータを約45TBのテキストデータで事前学習する必要があり、世界で最速のスーパーコンピュータである富岳(400PF)を約9日間も占有する計算量を必要とする。

 プログラミングから機械学習へのパラダイムシフトもその背景のひとつではあるが、世界中でコンピューティング基盤への投資が盛んに行われている。大規模なコンピューティング基盤は大量の電力を消費するため、環境問題などを考えると抜本的な解決策が期待されているが、量子コンピュータはそのひとつの候補である。

2. 量子コンピュータとは
 量子コンピュータは、物質を極限まで小さくしたときに見えてくる量子現象(量子重ね合わせや量子もつれ状態)を利用したコンピュータである。1981年に物理学者のファインマンは、「自然は古典力学では動かない。もし、自然をシミュレーションしたければ、量子力学に基づいた計算機を作るべきだ。」という言葉を残しているが、量子コンピュータは量子力学の原理に基づき動作するので、物理状態を自然に扱うことができる。人類がこれまでに手にしたことが無い道具であり、使い道の開拓は今後の課題だが期待は大きい。

 量子コンピュータは、アニーリング型とゲート型の大きく2種類に分けて考える方が整理がつきやすい。それぞれ、問題の与え方と解の取り出し方が異なり、結果的に解ける問題の種類が異なる。アニーリング型は組み合わせ最適化問題を解くことができ、ゲート型は汎用的に多くの問題を解くことができる。

 アニーリング型には更に量子効果を使わずに古典コンピュータでその計算を疑似的に真似たものも存在する(量子インスパイヤ―ド型)。アニーリング型の開発では海外ではカナダのD-WAVE社が有名で、逆にそれ以外は海外では見当たらず、日本企業での開発が盛んである。一方で、ゲート型はIBMやGoogleなど欧米での開発が盛んである。

3. コンピューティング技術開発

(ア)  量子インスパイア型コンピュータ(CMOSアニーリングマシン)
 量子コンピュータの開発課題のひとつは、量子現象を利用するための極低温環境の構築である(希釈冷凍機を用いる)。これが量子コンピュータの実用化の阻害要因のひとつになっている。

 日立では、社会の実問題への適用を優先して、2013年に量子現象を用いない、量子インスパイヤ―ド型のCMOSアニーリングマシンの研究開発を開始し、いくつかのユーザ企業とのPoCを経て2020年に事業化した。

(イ)  シリコン量子コンピュータ
 ゲート型量子コンピュータについては、日立では10年以上前から米国ケンブリッジ大の中に設置している日立ケンブリッジラボにて基礎研究を行ってきたが、2020年から内閣府ムーンショット型研究開発事業の中でアカデミアと連携して日本での開発を強化している。

 量子ビットを形成する技術には超伝導、光、イオン、シリコンなど多数が存在する。IBMやGoogleでは、超伝導素子を用いた量子ビットを用いた量子コンピュータの開発が進められており、100量子ビットを超えるものも登場してきている。しかし、アニーリング型と同様に社会の実問題に対応するにはもっと多くの量子ビットの集積が必要であり、日立では将来の集積化の観点でシリコン量子ビットを用いた量子コンピュータの開発に取り組んでいる。

 量子コンピュータの開発で重要な課題は、量子誤りへの対応である。量子誤り訂正を行うアルゴリズムも開発されているが、1億量子ビットを超える集積度が必要であり、量子誤り訂正の仕組みの実装の難しさもあって、10-30年の開発期間が必要とされている。

 ソフトとハードのコデザインによって、社会の実問題へ適用できる量子コンピュータの早期実現が求められており、それらはNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum Computer)と呼ばれている。

(ウ)  実問題のオープンプロブレム化
 我々が解くべき社会の実問題の中には、量子コンピュータをもってしても解くのが難しい問題が多く存在している。格差問題、地球温暖化問題などである。それらに対するアプローチも同時に進めている。

 一つの観点が、「実問題のオープンプロブレム化」である。やや乱暴な分類であるが、世の中には「問題を作るのが得意な人」と、「問題を解くのが得意な人」が存在する。後者は比較的多く存在しており、特に最近のインターネットを活用したオープン化によって、そのような人を世界中から比較的容易に集められるようになってきた。

 日立では、北海道大学の中に設置した日立北大ラボにて、社会の実問題を数学の問題に定式化する研究を行っている。数学の問題になったあとは、上記のようなオープンな仕組み(プログラミングコンテスト)を使うことで、その問題に対するより良い解法が得られる。

4. まとめ
 量子コンピュータなど新しいコンピュータが古典コンピュータに勝るには大規模な問題を扱えることが必須と考えている。日立では大規模化が容易な量子インスパイヤ―ド型のCMOSアニーリングマシンの開発を2013年より開始し、2020年に事業化まで完了した。

 ゲート型量子コンピュータ開発はIBMやGoogleが世界的にリードしているが、日立ではここでも大規模化を重視して、シリコン量子コンピュータ開発を内閣府ムーンショット型研究開発事業の中でアカデミア連携で実施している。

 更に、我々が解くべき社会の実問題の中には、量子コンピュータをもってしても解くのが難しい問題が多く存在している。そもそも全ての社会課題は解決可能なのか、あるいは、解決すべきなのか。社会イノベーションのために、このような課題提起も含めた検討を行っている。

 

以上

 

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定例会講演 2021年12月23日

 

ロボット技術を活用した技能の保存と継承
~ 人から人へ ~

 2021年12月23日
IEEJプロフェッショナル
桂 誠一郎

1.はじめに
 少子高齢化に伴う生産人口減少への対策や医療・福祉・介護の充実化など、ロボットによる人手の代替が望まれている。人間の動作の再現にあたっては、双対性を有する速度と力の双方を同時に制御することが求められる。モーションコントロールの本質である加速度制御を用いることで、速度制御、力制御の両者をロバストに実現することが可能になるばかりでなく、両者を統合再現することができることが明らかにされた。これにより、人間の動作の記録・自動再現が可能になり、熟練技能者のスキル抽出・保存・伝承を目指した手づたえ教示などへの応用も期待できる。

2.人間の動作の科学と工学
 人間の動作は空間を移動させるための速度の制御と、対象との接触力を再現するための力の制御から構成されている。その両者が時々刻々さまざまな比率で組み合わされることで、対応するタスクの実現に結びついている。したがって、人間の動作をロボットにより再現させるためには、動作中の速度と力を計測することが必要になる。道具にアームとモータを接続することで、道具を使用した動作の速度・力の時系列データを抽出・保存できる。さらには加速度制御に基づいて、アームに接続されたモータに時系列データとして保存された動作に対応する速度・力を再現させることで、動作を「いつでも・どこでも」再現可能になる。一方で道具にアームとモータを接続する方法は慣性の増加を招き、タスクを保存する際に干渉が生じるため、多自由度化することが難しい。道具内にセンサを埋め込む「インツールセンシング」により、非接触・非拘束での動作データの記録が可能になる。

3.手づたえ教示のためのインタフェース
 外骨格型のアクチュエータは身体への装着時の負荷のみならず、安全性の観点からも実用面における課題がある。機能的電気刺激による方法は電極を皮膚表面に貼付するのみで、身体を直接駆動することを可能にする。人間の関節に対応した筋肉を適切に刺激することにより、速度や力を制御することが可能である。そのため、新たなヒューマンインタフェースとして利用が期待されている。例えば、リハビリテーション応用を想定すると、医療従事者の動作を再現させることができるようになり、将来的には遠隔や在宅での「スマート医療」の実現につながる。

4.人工知能(AI)活用による人間支援
 速度や力など人間の動作データは動作の結果として出力される情報であるため、「なぜ、どのようにその動作が生成されたのか?」という入力側の情報と組み合わせることで初めて真の「ヒューマンコピー」の創成となる。動作データと生体信号や環境条件をAIにより紐付けることで、多様な場面に応じて適切な支援を行う人間支援空間の構築につながる。

5.おわりに
 人間の動作の抽出と再現は、ロボットによる人手の代替に貢献するばかりではなく、時間や空間を越えて人と人を結ぶ技術となる。世界で初めて超成熟社会を迎えた我が国が地球規模の課題にどのように対応し、解決の方向を示していくべきか? 弛まぬ努力と挑戦を続けたい

以上

 

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定例会講演 2021年6月29日

 

地域の再生可能エネルギーと既存配電線を活用した地域マイクログリッド

 2021年6月29日
IEEJプロフェッショナル
中村 知治

1.はじめに
 熊本県芦北町田浦地区を対象とした地域マイクログリッドの建設を目的としたFS(フィージビリティスタディ)の概要を報告する。このプロジェクトの目的は、災害時にも最低限の電力供給を維持できるレジリエンス強化である。主電源は既存のメガソーラ(1.98MW)とし、蓄電池で需給バランス制御をする。通常自営線とする電力供給線に代わり、既存の配電線を活用することでコスト低減を目指した。

2.プロジェクト取り組みの背景
 再エネの主力電源化が求められる中、電力の需要と発電を一体化した「需給一体型」が再エネの導入モデルとして注目を集めている。一方、最近の自然災害時の長期停電被害を踏まえたレジリエンス強化が求められている。その解決策の一つとして、需給一体型を地域に拡大したのが地域マイクログリッドであり、今、導入が促進されている。

3.プロジェクト概要と特徴
3.1 全体概要
 地域には既存の1.98MWのメガソーラーがある。災害時には、この電力を約1km離れた避難所や防災拠点など5か所に供給する。供給線は前述の通り既存の配電線を活用する。配電線の区分開閉器の切り替え操作によりマイクログリッドを構築する。一般需要家を含めたこのエリアの需要は、最大約600kWである。

3.2 需給調整制御
需給バランスをとるために蓄電池を新設する。この蓄電池の充放電制御で、需要変動と発電変動を吸収する。蓄電池の出力定格(kW)は吸収すべき変動幅で決めるが、メガソーラーの最大出力を状況に応じて制御することで、この蓄電池出力定格(kW)を小さくした。一方蓄電池容量(kWh)は、避難所の必要最低電力を見積り、決定した。代表的な発電パターン、需要パターンでシミュレーションし、蓄電池容量の過不足を検証した。また、想定される潮流から、電圧変動が規定値内に収まることも検証した。

3.3 既存配電線の活用
既存の配電線を活用することで初期コストを抑えることができるが、管理運用体制、事故時の責任所掌、電力品質、系統事故時の保護システムなどを、運営事業者、一般送配電事業者間で十分協議する必要がある。

3.4 事業性
災害時の電力供給のみであれば事業性は見込めない。平時に蓄電池やその他の設備を活用することで収益モデルを構築する必要がある。来年度から施行が予定されている配電事業制度などを取り入れたモデルの検討がポイントとなる。

4.まとめ
地域マイクログリッドは再エネ導入の有力な手法である。配電事業制度を活用した新しい事業モデルとして期待される。

以上

 

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定例会講演 2021年5月27日

 

リニア中央新幹線のアウトラインと開発事例
~ 六十年かけた夢 ~

2021年5月27日
神奈川大学 名誉教授、総理研客員研究員
(元)鉄道技研 有機化学ユニットリーダー、㈶鉄道総研 主幹研究員
工学博士 大石 不二夫

1.はじめに
 講師は、超電導磁気浮上式リニア超高速鉄道略してMAGLEVの開発に、初期から参画してきた。開発の歴史と経緯、原理と課題、リニア中央新幹線のアウトライン、及び講師自身の高分子材料のMAGLEVへの応用開発の主な事例を紹介する。 

2.リニアモーターカーの原理とリニア中央新幹線
 リニアモーターカーは、 車上の超電導磁石と地上の電磁石とコイルとの相互作用により推進案内浮上(浮上高さ約10cm)する。リニア中央新幹線は、最高時速500km/hで浮上走行する日本で開発された超高速輸送システムで、東京~大阪を約1時間で結ぶ夢のリニアエクスプレスである。

3.開発の経緯
 超電導磁石によるリニアモーター交通システムは日本独自に研究・開発が行われた技術である。 (1) 1947年3月号「動く実験室」という少年少女の科学雑誌の表紙に「超速磁力列車」掲載された。
(2) 1962年頃鉄道研究所で方式を提案し、研究を開始した。筆者は1964年から研究に参加した。
(3) 1972年鉄道技術研究所内でリニアインダクションモータによる方式で浮上走行した。
(4) 1975年鉄道技術研究所内でリニアシンクロナスモータによる方式で浮上走行した。
(5) 1977年宮崎実験線(全長7km)による走行実験を開始し、1979年517km/hの記録を達成した。
(6) 1997年山梨実験線(18.4kmの試験線)で走行試験開始し、2003年581km/hの最高速度を記録した。その後試験線は42.8kmとなり、試運転(有人)で世界最高時速600km/h(2015年5月)を達成した。

4.筆者の開発事例
(1) 極低温断熱荷重支持材
  車上コイル極低温槽と車体をつなぐ断熱荷重支持材の開発を行った。
(2) 超軽量車両の構体
  超軽量車両用台車枠および構体の開発を行った。
(3) リニアモーターカー用ゴムタイヤ(MAGLEV用およびALPS用)
  リニアモーターカー用ゴムタイヤの開発を行った。

5.リニア中央新幹線の必要性と効果
(1) 東海道新幹線の限界(のぞみ:最小3分間隔。しかも構造物の老朽化)
(2) 安全保障上(鉄道と道路の4動脈が地震・津波の危険、国防上)
(3) 内陸部の開拓・都市開発(全国の過密過疎の打開)
(4) 高速志向へのチャレンジ
(5) 日本発創造技術の海外輸出など

6.リニア中央新幹線の概要
 2015年に着工開始、2027年には品川~名古屋間が開業予定。2045年に大阪開業、全建設費が9.3兆円。内需が大きく拡大し、国交省は沿線企業への経済効果年間8700億円と試算。
 2015年工事費:名古屋迄5.5兆円 2050年の経済効果:10.7兆円。 品川~名古屋:40分。品川~大阪:約60分

7.まとめ
 1960年代に研究が始まったリニアモーターカーは2015年に工事が始まり、2027年の完成を目標に工事が進められている。既に研究が始まって以来60年が経つが、早期の工事完成を祈念している。

以上

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定例会講演 2021年3月25日

 

 

(電力分野)現在の技術の課題

 

2021年3月25日
IEEJプロフェッショナル
天雨 徹

 

1.講演要旨
(1)第五期科学技術基本計画において提唱された「超スマート社会(Society 5.0)」をめざし、産学においてロボット・AIをはじめ様々な研究開発が進められている。他方、菅内閣総理大臣は先の所信表明演説において「2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言した。このような背景にあって筆者は、中部電力パワーグリッドが考える電力システム分野における「2050年を見据えた中長期的研究開発ビジョン」についての現状を解説した。 

(2)今年度実施した研究の事例について以下の(ア)~(オ)の紹介をした。
(ア)ボストンダイナミクス四足歩行ロボット「Spot」による動画
 ロボット技術は、危険の伴う作業や障害発生時あるいは定期巡視・点検に有効に活用できるToolであり、現在研究を進めている。実際に変電所構内においての動画を紹介した。

(イ)ドローン走行いよる送電線ならびに鉄塔の巡視・点検をする動画
 ドローンは、従来の人やヘリによる巡視。点検にわかるものとして有効である。加えて自動走行により、作業効率の向上も期待できる。送電線事故時の事故点の素線切れがあるか否かの確認や、樹木抵触の確認に活躍が期待できる。動画にて紹介した。

(ウ)特別高圧変電所における配電盤操作にVR、ARを活用した事例の動画
変電所の配電盤操作において、従来は指差呼称しつつ、操作票を赤ペンで消し込むとした手法を行っている。それをIPad等用いて、仮想現実(VR:Virtual Reality)、拡張現実(AR:Augmented Reality)、複合現実(MR:Mixed Reality)技術を活用する。仮想の世界と実世界を複合する技術、XRはこれらの技術の総称であるが、これを用いることで操作ミスを担保できると考え研究を進めている。動画にて紹介した。

(エ)変電所自動化システム(SAS:Substation Automation System)は世界標準(IEC 61850)の事例として中部電力技術開発本部の受電設備に適用した。本紹介は電気学会「保護リレーシステム研究会」にて発表した内容である。

(オ)トラベリングウェーブリレーは進行波理論(TW:Traveling Wave)やタイムドメイン技術(TD:Time Domain)を組み入れた従来の対称座標における電圧電流の概念、地絡・短絡事故のベクトルで動作するのではなく、事故時の衝撃波によって動作する画期的な送電線用保護リレーである。中部電力では77kV送電線にフィールド実験をしている。本紹介は電気学会「保護リレーシステム研究会」にて発表した内容である。 

(3)トピックとして以下の(ア)~(イ)について紹介した。
(ア)中電PGの昨年末に発生した500kV西部幹線鉄塔損傷について紹介した。

(イ)今冬における需給逼迫について、電力広域的運営推進機関の資料を用いて紹介した。 

(4)わが国の三相表示ならびに相順について、各電力会社によって色・呼び名・形が違う旨、紹介した。 

2.まとめ
 筆者は送変電ネットワークの技術戦略・開発を所管する部署として、2050年を見据えた中長期研究開発ビジョンははじめ、具体的な足元で進めている研究内容、ならびに年末年始に発生した電力に関するトピックについて紹介した。 

以 上

 

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定例会講演 2021年2月25日

 

楕円関数、変分原理 及び微分・位相幾何の 電力ケーブル問題 への応用
~方法の転換: 計算の代わりに 思考する~


2021年2月25日

IEEJプロフェッショナル
渡辺 和夫

1.はじめに
 最近の電磁界解析の分野では、コンピュータによる数値計算技術の進展が目覚ましく、猫も杓子も数値計算に頼ろうとする向きがある。しかし、この得られた数値の妥当性を見極めるには、計算のもとになっている電気磁気現象そのものについて考えを進める習慣を養うことが大切である。すなわち、計算対象をモデル化して、その現象の原理に基づいて試算して、概算値や上下界値を推定することが必要である。その有力な手法の一つとして、等角写像による静電界・静磁界解析がある。また、変分原理による抵抗値や静電容量の上下界計算法などがある。そのいくつかの例を紹介した。

2.楕円関数の応用例
 まず、任意形状の二次元抵抗値あるいは静電容量値の等角写像による計算方法を述べた。任意形状の単連結抵抗領域あるいは誘電体領域の周辺に任意の二つの電極が取り付けられた場合の電極間抵抗値(容量値)は、逐次写像により最終的に長方形領域に写像され、対向する平行電極間抵抗値(容量値)となる。この写像過程で重要となる写像関数が第一種楕円積分とその逆関数であるJacobiの楕円関数である。次にその応用例として、交流超電導ケーブルの導体フォーマと断熱管の渦電流損失計算式の導出例を紹介した。

3.簡略化された変分原理の応用例
 まず、変分法の一応用例として、二次元抵抗領域あるいは誘電体領域の二電極間抵抗値あるいは静電容量値の近似計算法として上界および下界を求める方法(1)を説明した。次に、その応用例として、長方形領域での静電容量の試算例を示した。さらに、電力ケーブルの矩形トラフの熱抵抗計算式への応用例を紹介した。

4.微分・位相幾何学的考え方の応用例
 微分・位相幾何学的考え方を用いた電力ケーブル半導電層の抵抗率を求める測定方法の理論を概説した。これは、「曲面に沿う電流の流れは平面上の微分同相領域に写像して考えて良い」(2)との考えに基づくものである。 さらに、薄肉円筒状抵抗体の二電極間抵抗値の計算法に拡張されることを示した。

5.アフィン写像と楕円関数の応用例
 前章までは、暗黙の内に抵抗率や誘電率の等方性を前提としていたが、本章ではその異方性の場合の取り扱いを紹介した。ある種の条件を満足する関数により異方性領域をアフィン写像すると、それは等方性領域に変換でき、その変換によって電位とエネルギーは不変であるので抵抗値や静電容量値は等方化された領域から正確に得られることが示されている(3)。
 電力ケーブル半導電層は、長さ方向、円周方向および厚さ方向で異なる抵抗率を有する。その表面上にスパイラルにまかれた銅ワイヤー間の抵抗値の計算例を紹介した。アフィン写像により等方性領域に写像してから、前章までの方法で求めるものである。

6.今後の展開
 1)楕円関数と等角写像のDirichlet and Neumann の問題への活用例がまだまだあるだろう。
 2)等角写像を併用した変分法に上下界計算を活用できるケースがあるだろう。
 3)各種関数のリーマン面を曲面薄膜抵抗体とみなして考えることで新しい展開はないだろうか。
 4)異方性領域の等方化写像理論の応用として、異方性の主軸と対象とする主軸が一致しない場合の円筒状異方性抵抗体の等方化写像法を求める。

7.まとめ
 リーマンの根本的原理 「証明は計算ではなく単に思考によって片付けるべきである」、すなわち 「計算の代わりに思考する」 という証明の方法の根本的改革が1897年のヒルベルトの著 「数論報告」 の中で明確に言及されている(4)。 現在のコンピュータによる数値計算(ブラックボックス化)の主流の中でこの思想があらためて再認識されてこよう。その意味で、本報告で紹介した方法は問題の計算過程を単なる数式の変形あるいは数値処理としてとらえるのではなく、幾何学的(図形的)プロセスを経て解いていくもので、「計算の代わりに思考する」 を継承したものである。 
今後広く活用されることを期待したい。

8.謝辞
 本報告は筆者が元茨城大学 寺門龍一教授(現,名誉教授)に興味深く教えていただいた「電磁気学特論」を基盤としています。さらに、「変分原理の応用」と「異方性領域の等方化写像理論」についての先生の論文も活用させていただいております。ここに付記して、同先生に深く感謝いたします。

9.参考文献
(1)茨城大学工学部研究集報1968年
(2)荒又光夫,寺門龍一:
  「等角写像の原理によって面抵抗率を求める新しい理論」,電学論,Vol.87-10 No.949(1967)

(3)柴田、皆川、寺門:「長方形異方性領域の対辺電極間の正確な抵抗値」、
  茨城工業高等専門学校研究報告、第16号,p131,(昭55)

(4)山本敦之訳:リーマン:人と業績, p.354,(1998)

 

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定例会講演 2021年1月27日

 

大震災後の 電力・エネルギー に関する エンジニアリング 教育例と 日本での 電源構成の課題

 

2021年1月27日
IEEJプロフェッショナル
白川 晋吾

1. まえがき
 日本の電力技術は2011大震災前には500kV、800kV、1,000kV送変電技術・原発開発に関して、韓国、中国に対して技術供与の時代であった。ところが、2011年3月11日14:46東北太平洋側沖4地域連動型大地震が発生,41分後15:27に福島第一原発(1~4号機,5,6号機)に大津波が侵入,福島第一原発1~4 号機は爆発損壊・放射線線量汚染が発生(5,6号機は冷温停止)、日本の電力は激変の時代を体験した。電力エネルギーに関するエンジニアリング教育を小生なりの視点で2011~2018年度に実践、学生の反応を求めてきた。この約10年間の電力・エネルギー関連の諸事象、福島第一原発事故事象を含めて学ぶところは多く、日本の将来の電源構成のあり方を議論することは意義がある。

2. 大震災後の電力・エネルギーに関するエンジニアリング教育例
 2011年の大震災後、電力・エネルギーに関するエンジニアリング教育をして来た。東京理科大学理工学部電子電気情報工学科「電気機器製図」「電気機械設計」において、約10年間、4年後期学生の対面授業で文献を読み、図面を作成し、現象の理解を深めることにより、教育実践をしてきた。演題テーマと受講時対面授業で得られた学生の反応は下記に示す。
 演題テーマ:A.2011年大震災M9.0・津波、B.福島第一原発事故事象、C.原子炉循環注水冷却システム構築、D.新規制基準と柏崎刈羽原発、E.火力発電、F.地域エリア間の電力連系の増強、G.太陽光発電の大量導入、H.風力発電、I.西日本(九州・関西・四国)での原発再稼働, J.大震災に学ぶ電気学会の役割と将来に向けて、K.欧州の電力系統。
 対面授業での学生の反応:2011-2018年度での反応例は下記のように列挙される。
・「津波は到達してきた後も水位がどんどん上がっていき急に高くなり,凄まじい巨大大津波の破壊力だと思った。
・非常用発電機の位置が変わっておれば変わっていたかもしれない。
・もしベント(内圧の異常圧力放出)に成功しておれば福島第一原発破壊現象は変わっていたかもしれない。
・循環注水システムの配置図を作成してみると,装置は改善されており、すごいことだと思った。
・図面を作成することで実際に原発がどこにあるのかを原発の位置の図を書くまで知らなかった。こうして図を書いてみると地方にある原発のおかげで生活ができていることが分った。
・火力発電は太陽光出力低下時に電力を供給している。
・CO2の回収,貯蓄の技術はとてもおもしろいと感じた。
・再生エネルギーを主軸とした電力系統は既存の電力系統と大きく異なるため技術開発も必要となると感じた。
・安定供給には16:00以降の代替発電が要。雨水時の代替発電出力が課題。
・風力発電では風速の3乗に比例した電力が発生する。安定した風速が要となる。・原子力は事故や故障によるリスクはゼロではない。
・自然災害リスク、世界情勢を考慮して原発に対応して行くべき。
・西日本地域で2018年、原発は再稼働している。ドイツは福島第一原発事故後、脱原発を表明、廃炉はしているが原発(電源比率約12%分)は継続使用されている。フランス(原発比率75%)は欧州での電力(原発)輸出入の中心であり,やはり原子力は大切だと感じた。事故が起きると一般の人はすぐ使うのをやめようと考えるが,エンジニアはよく検証し、より技術を高めて貢献しようと考える。これは正しいと思う」。

3. 日本での電力エネルギー状況に関して 
 「2050年の温暖化ガス排出実質ゼロ」が2020年10月16日の首相所信表明で行われた。火力発電のCO2排出削減、太陽光、洋上風力の増強、再エネ100%論、電源構成の見直し、2兆円投資等が出ている。2050年の電源比率(総合資源エネルギー調査会分科会2020―12-21参考値):再エネ50-60%、火力化石燃料+原子力30―40%。火力水素アンモニア燃料10%。
(a) 火力発電の温暖化ガス排出CO2削減方法はどのように選ぶべきか?
 世界のエネルギー起源2016(環境省)、CO2排出量によると日本は3.5%で中国の28.2%、米国の15.0%より少ないレベルにある。フランス・ドイツはすべての石炭火力発電所を廃止する方針、インドネシア、ベトナム、タイ、中国、インドなどは石炭火力発電所を運営、大震災後の東日本では福島第一原発、第二原発の代替として高効率大容量石炭火力で電力安定供給が行われている。今後、日本の火力発電所は低効率型から高効率型への転換、水素、アンモニア、バイオマスの混合燃焼、カーボンニュートラルを目指している。
(b) 日本はドイツ・米国と比較し、電源構成をどのようにしていくべきか?
 ①ドイツ(2019年)は再エネ全体46%で、そのうち風力が24.6%、従来電源では石炭29.1%と多く、原子力も12.3%(ドイツ8基11357 MW)で、系統は独仏間が連系されている。メルケル政権後、ドイツは本当に脱原発できるのだろうか。
 ②米国カリフォルニアは再エネ全体48.6%で、太陽光14.2%、風力6.8%、水力19.2%、石炭火力がなくLNG 43%が多い。2020年8月15日にカリフォルニアでは470MW 想定外の電源喪失、1,000MW風力発電の喪失、470MWの計画停電を実施、州全域で約30万所帯が影響を受けた。米国全体の2008~2017年の10年間でみると石炭の割合は約50⇒30%、天然ガスは約20⇒32%に推移している。
 ③日本は2019年再エネ18.6%(水力8.5%、太陽光7.2%、風力0.8%、バイオマス1.9%、地熱0.2%)、石炭31.2%,LNG 34.4%,石油7.1%、原子力6.6%、その他2.1%で再エネの風力が少ない。
 日本の地勢的条件、北欧州の安定した風速6m/sに対して台風・暴風雪・雷襲来の下での安定した風力発電出力維持への懸念はある。東日本では電源の約8割がCO2排出の火力発電に依存、脱炭素時代に火力電源が止まれば立ち行かなくなる。備蓄は日本でLNGは約20日、石炭は200日レベル、原発は核廃棄物の課題はあるが燃料補給なく連続して13ケ月間連続運転される。
 ④世界の原発情勢:中国44基/44,636MW(2019年)活況。・ロシア 32基/ 29060MW(トルコ・インド・イランに輸出)。・韓国24基/ 22,695MW、UAEで1基/1390 MWが2020年稼働開始。・フランス58基/ 65880MW、・米国99基/103560MW(新型炉2基建設中、一部廃炉、20基は20年間使用延長)。
・日本は新規制基準で大震災前56基から32基/31,594MWに整備。
 ⑤大停電による被害例:2018 年 9 月 6 日 M6.7 地震による全域停電により北海道で約 1574 憶円の被害が生じている。
 ⑥電力エリア間の電力融通の増強、50 Hz /60Hz 間の連系強化。
 ⑦電源構成の選択には発電設備容量に関して、発電設備利用率の考慮が重要、火力発電約80%、 太陽光発電約12%、風力発電約40%(8m/s)、原発57-81%(米国原発設備利用率90%)。

4.まとめ
 電力は国民生活の基本、約20兆円/年の産業である。電源構成に関して、石炭火力廃止・再エネ100%論の行き過ぎによって、大停電に見舞われ、経済的大損害に陥るような状況を避ける必要がある。―人々が多様性を求めるように、発電方法の多様性の選択が必要―

 

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定例会講演 2020年11月19日

 

電力・動力系エンジニアリング分野に見るDigital革新について

 

2020年11月19日
IEEJプロフェッショナル
長谷 良秀

1.講演要旨
 直近10年間のDigital 環境の進化と普及は著しく技術者は自身の机上仕事の大半を自身のPC作業によって行う状況にある。電気・電力の技術分野においても技術者の個々の技術業務やビジネススタイルを変えてしまう革新的な世界標準アプリが急速に普及しつつある。筆者は下記4っの点を指摘しつつその実情について解説を行った。
(1)世界標準の革新的なDigital Engineering Tools がこの数年で大進化をし、誰もが自席のPCで高度の技術計算を含むエンジニアリングを遂行できるようになった。欧米主導の世界標準のDigital Application Platformsがエンジニアリング業務やビジネススタイルに革新をもたらしつつある。

(2)欧米主導の世界標準のDigital Application PlatformsはIEEE/ANCI &IEC-standardsと密に関連しつつ多目的かつ高度のエンジニアリングを効率的に遂行できるので急速かつWorldwide に普及しつつある。海外のビジネス契約の基礎として、またアカデミーでは研究&論文発表等の基礎としても活用されている。

(3)これら高度の技術Tool環境によって世界のエンジニアリングパワーの高度化、均質化が進みつつある。

(4)日本においてはこれらのToolsの知名度・活用度が極めて低く、エンジニアリング業務スタイルのガラパゴス化が懸念される。日本においては大手の化学・鉄鋼・非鉄・電機・鉄道等の産業界で活用され始めているものその普及度は限られており、特に電力会社では長年にわたり蓄積してきたノウハウの財産があるため殆ど利用されていない。


2.まとめ
 筆者は電気回路の実効値計算を基礎とする代表的なEngineering ToolとしてETAPの性能について概要を解説した。そのうえで筆者は下記のコメントで締めくくった。
「技術のすべての机上業務において誰もが自席でこれらの高度な道具を(WordやExcelの如くに)使える時代になった。 情報化が大進化を遂げた現代においては「Digital toolを上手に活用する者が勝つ」という視点に立てば、日本の産学の技術者にはガラパゴス島の垣根を飛び越えて世界標準を積極的に操る勇気と技能が求められる。」                        

以上

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定例会講演 2020年10月20日

 

ドイツの再生可能エネルギー普及への取り組みと日本

 

2020年10月20日
IEEJプロフェッショナル
佐藤 信利

1.はじめに
 ドイツは、2000年に再生可能エネルギー法(FIT(Feed in Tariff)制度)を成立させ、再生可能エネルギー(以下再エネ)導入目標を改定しながら、計画的に再エネの導入を進め、2018年にはドイツ全体の電力量の40%超を発電するに至っている。本講演では、ドイツの再エネ普及への国としての意欲的な取り組みについて説明した。


2.再エネ普及のポイントとドイツの取り組み
 再エネ普及するためのポイントは以下の3点であり、それに対してのドイツの取り組みは以下の通りである。
a.固定価格買取制度(FIT:Feed in Tariff)
b.電力自由化(送電系統網の独立)
c.政府の長期的視点

2.1 固定価格買取制度(FIT)
 2001年から再生可能エネルギー法(EEG9を施行した。その特徴は、導入するエネルギー量を目標値として明記していること。定期的に目標値と現状をチェックし、差異があればそれに応じて対策を立てるPlan Do Check Actionを国レベルで実施している。

2.2 電力自由化
 送電系統網の独立を確保するために、連邦ネットワーク規制庁を設立し、既存の大手電力会社の影響を極力排除し、自由な競争の確立に努めている。その結果、大手電力も既存の発電事業から再エネの導入、スマートグリッド事業などへの取り組みに変化している。

2.3 政府の長期展望
 ドイツは、エネルギー政策を国会で議論し国民の理解を得て、その結果を法制化し、国として推進している。FITの賦課金が大きくなっても、国民が再エネを推進する政策を支持しているのは、その成果と言える。


3.日本の状況
 日本での再エネ普及についての3ポイントについて状況を述べる。

 ポイント1のFIT制度は2012年に実施されたが、普及が十分とは言えない状況で賦課金の抑制を名目に入札制度の導入が図られ、今後の再エネの普及にブレーキをかける事態となっている。

 ポイント2の送電系統網の独立では、送電会社が大手電力会社の支配の下にあり人事等でも独立性が疑わしい状況であり、再エネの普及を担う新電力の経営が厳しい状況にある。

 ポイント3の政府の長期展望では、2050年までに温室効果ガスを実質ゼロにするとの宣言はなされたが、それを実現するための具体的な目標とプロセスが国会でもほとんど議論されていない状況であり、長期的展望に立った国のリーダーシップは感じられない。

 このままでは、2050年までに地球温暖化ガスの実質ゼロも絵に描いた餅になる可能性が大であり、世界からも相手にされない国になってしまうことを恐れる。 

以上

 

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