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エンジニアから一言‐自然に壁を乗り越えた

エンジニアから一言-自然に壁を乗り越えた

川上 紀子* (東芝三菱電機産業システム株式会社)
 
1.まえがき
 私は、大学では理工学部で物理学を専攻した。1982年卒業後、電気機器メーカに就職し配属されたのは、パワーエレクトロニクス部という電力変換装置を開発設計する部署で、大学時代の専攻とは、直接関連しない技術分野であった。また、客先、関連部署、上司・同僚には女性のエンジニアはほとんどいない環境であった。そのような環境下で仕事を継続し、2000年に技術士(電気電子部門)、2008年に博士(工学)を取得し、2018年にIEEEの最高会員グレードであるFellowに任命された。一般的には“壁”と考えられている「異分野」、「女性」という課題について、私自身はその壁を意識してそれを乗り越えるための特別な努力をしてきたわけではなく、仕事をするうえで当たり前と思われる努力を積み重ね、目の前の仕事に自分なりに真摯に取り組んだ結果、自然に乗り越えていた、というのが実感である。

2.キャリア初期の取り組み
 私は、最初に配属されたパワーエレクトロニクスという技術分野は聞いたことがなく、開発・設計部門が何をするものなのかも知らない状態であった。配属初日に、製造現場に案内されたときは、見たこともない大きな装置の中で、作業服・ヘルメット・ごつい耐電靴を履いた人たちがたくさん働いていて、衝撃を受けたことを覚えている。技術面でも、電磁気や物性は大学で学んでいたものの、回路理論は何も知らず、パワー半導体デバイスは、名前も回路図上のシンボルも知らない状態で仕事を始めた。何がわからないのかがわからず、最初は質問すらできない状況であった。そのような状態で、日本原子力研究所の核融合実験炉JT-60のプラズマを加熱する電源の動作シミュレーションに取り組んだ。シミュレーションが、電気回路や制御回路の動作を自分のものとして把握する上でとても役立った。シミュレーション上では、パラメータの変更が簡単にでき、回路内の波形や、制御装置内の信号の動きも自由に観測できる。疑問があれば、回路内の各部の動きを確認し、パラメータを変えた時の動きからその影響度を見ることでさらに理解が深められる。その際に、単に波形を出力するだけでなく、どうしてそのような波形になるのか自分で考えて答えを出していくことが重要である。私の場合は、初期の技術的な勉強にシミュレーションに携わったことがとても役立った。どんな仕事であっても、自分で考えることで技術を自分のものとしていくことが重要である。

3.エンジニアとしてのやりがい
 私は、製品開発・設計・製造部に配属された。この部門では、自分が開発・設計に携わった装置が、客先に納入され実際に稼働する。自分のアイデア、技術的な検討結果、自分で書いた図面により製品が完成し、それが実社会で稼働し貢献する、ということが大きなやりがいとなった。稼働に至るまでには、当初考えたように動かない装置に四苦八苦しながら検討・設計変更する、様々なトラブルに遭遇してそれを解決する、納期とコストの制約の中で実使用に耐える信頼性を備えた製品に作り上げていく、などの苦労があった。そのような中で、いつの間にか、現場ではヘルメット・耐電靴・作業服を当たり前のこととして受け入れていた。私が担当した製品では、最初のキーポイントが、電力系統に変換装置を接続して電力変換を開始する試験である。最初の系統連系試験は、いまでも最も緊張する瞬間である。問題なく実施できた時は一安心し、何らかの問題があった場合は、原因と対策の探求に向けて緊急に対応する。最終的には問題を解決し、その後の性能試験を経て製品として完成させ、客先で実稼働する。自分が携わった装置が実稼働し社会に貢献する、これが、私のエンジニアとしてのやりがいの原点である。製品が完成した時の喜びが、次の仕事の取り組みへの原動力になっている。

4.学会活動
 私は、現在、電気学会の産業応用部門の部門長、IEEEのPower Electronics Societyの最高意思決定機関であるAdministrative Committeeのメンバーも務めている。電気学会の調査専門委員会の委員、委員長、産業応用部門の役員会へと活動の範囲を広げてきた。実際のところ、これらの活動はボランティアで、通常の会社の業務に加えて時間を費やす場合も多い。私は、学会などの活動に二つの意味を感じている。ひとつは、国の技術面におけるファンダメンタルズの一つであり、その分野の技術で生きているものの義務である、という点である。もうひとつは、個人的なもので、仕事だけでは出会えない人たちと出会え、直接的な利害関係なく技術的な意見を交換でき、技術的にも人間関係的にも世界が広がり、純粋に楽しい、という点である。多くの情報や貴重な出会いがそこにあることは確かで、積極的に取り組み、多くのものを得てほしい。

5.おわりに
 「異分野」「女性」という“壁”を特に意識しないままに、ここまで仕事をして来られたことは、客先、上司、同僚に恵まれていたことも大きな要素であると感じている。”壁“は自分で作ってしまう側面もあると思う。今、目の前にあるやるべき仕事に、誠意をもって、真摯に取り組むことが、自然に色々な”壁”を乗り越える秘訣のひとつであろうと考えている。