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社会へ巣立つに当っての期待と不安2

社会に巣立つにあたっての期待と不安
グローバル社会における女性エンジニアの「壁」

任点*(お茶の水女子大学 理工学副専攻リーディング大学院)
Positioning myself in the global society
Dian Ren
 
はじめに
 実社会での経験がない大学院生の筆者は,まだ本当の「壁」を知らないのかもしれない. 筆者は,中国の西南交通大学で機械工学を卒業した後,日本の大学院に進学し,人間工学分野の研究を進めている.修士2年目には,米国の研究機関でのインターンシップも経験した.これまで,国から国を移動しながら研究を進めてきた自ら経験を通じて,女性エンジニアとしての「壁」について検討したい.

1. 米国でのインターシップ
 副専攻プログラムでは,国内外の大学や企業,研究機関における中長期間インターンシップが推進されており,筆者は2018年の夏から3ヶ月間,米国東部の医学機関を代表する ハーバード大学医学部の関連研究病院,ブリガム アンド ウィメンズ病院でインターンシップを経験した.筆者はインターン生として,手術プランニング研究室に所属し研究や実務を行った. インターンシップの経験を通じては 企業と病院との連携,工学研究者と医師の共同研究の取り組み,学会の運営など多岐にわたる活動に携わった.

2. 期待と不安
2.1 見える「壁」と見えない「壁」
 筆者のこれまでの研究と海外でのインターンシップの経験を通じて,見える「壁」と見えない「壁」にぶつかってきた.見える「壁」とは,筆者の研究者としての技術力や研究能力へのチャレンジである.それらは,個人の努力次第で克服可能であるだろう .しかし筆者は,これまで3ヶ国で研究を実施してきた女性エンジニアとして,自分の努力だけでは乗り越えられない,次のような3つの見えない「壁」の存在を意識するようになった.

2.2 大学と企業の「壁」
 工学研究の多くは,その成果が実社会の問題解決において還元されることが望まれているだろう.しかしながら,大学と実社会とは,多くの点において切り離された存在であるように見える.実際に筆者は,修士に進学してから,大学にいる時間が長くなり,自分と社会との繋がりが希薄化していったことを感じはじめ,そこに不安を覚えるようになった.特に次の2つの点において筆者は不安を抱いている.
 まず一つは,研究テーマの設定における不安である.研究成果の社会への還元を目指す際に必要となるのは,社会のニーズを発見することであるが,大学で研究をしていると,自分が所属する研究室の研究領域や専門性からの主観的なテーマ設定になる傾向が強く,どうしても社会との距離が生じてしまう.他方,企業の研究や開発においては,社会のニーズを起点とする多領域からアプローチが見られ,客観的な発想力に基づいたテーマ設定が可能であるように見える.これらの見えない「壁」を乗り越えるには,今後さらなる大学−企業間の連携強化が求められ,そうすることで,工学研究の社会的貢献をより高めることが可能となるだろう.
 二つ目は,開発時の不安である.大学と企業間の共同研究を除いては,両者間の研究コミュニケーション・インタラクションの機会は少ない.例えば,筆者が開発を進めているスマートシューズは,学術的には新しい挑戦であるが,実社会において同様に評価されているとは限らない.例えば,ある企業ですでに実用化が進められていたとしても,それらの情報について筆者は知る術を持たない.今後は,大学と企業の両者にとってメリットのある形での共同研究のあり方を模索することが求められるだろう.

2.3 ジェンダーの「壁」
 ジェンダーの「壁」については昨今様々な場面で議論されているが, 特にアジアでは,工学系の女性エンジニアが少ないという問題がある.しかし,この問題の解決の糸口はまだ見出されていないだろう.私のこれまでの経験からも,例えば,中国でインターンシップに行った際,職場に女性トイレがなかったなどといった状況が見られた.こうした経験を通じて女性エンジニアとしての社会的立場の弱さを感じずにはいられなかった.他方で,米国でのインターンシップでは工学系の女性エンジニアの活躍が多く見られ,アジアの例と比較して,驚きを覚えた.こうしたアジアと米国での女性活躍に対する意識の差から,ジェンダーの「壁」とは,それぞれの国や地域に適したアプローチで社会全体で取り組むべき課題なのだと理解した.

2.4 グローバル化の「壁」
グローバル化以降,科学技術の独占時代は終焉をむかえ,今では,先進国と発展途上国とが共同して技術革新を進める時代となった.こうした,技術提供者と生産者の棲み分けといった分業生産体制が崩れていく中,今後ますます多言語・異文化環境が生み出されるだろう.筆者は,これまで3カ国での研究活動を通じて文化的慣習の差異を体感してきた. これからのグローバル化時代に適応し,異なる文化背景を持つ人々と共同して技術改革を推進するためには,技術だけではなく,リベラルアーツの知識を高めることが必要となるだろう.