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大学・高専講師事例


技術者倫理の講義体験から

 
柴﨑一郎

第1話:教育の目的と先輩の活躍の歴史

最近、大学で理学や工学系の学生に教える技術者倫理という講義を頼まれた。技術者倫理は、大変な準備が必要な講義である。最初は、何を話せばよいか大変迷った。迷ったでは講義が出来ないので何とか準備をして講義した訳であるが、幾つかの印象を述べてみたい。

筆者は、講義の最初に、「教育の目的は、皆さんが社会に出て活躍する為の準備です」と述べる。どこかの会社に就職するための教育ではなく、「入社してから活躍するための教育です」と言っている。

更に、勉強しない学生は会社では要らない。1年以上前から就職活動で勉強に身が入らない学生は会社に来てほしくない。月31日の午前中まで勉強し、午後の半日を就職する為に会社訪問に来たという学生が理想とも述べ、そうした学生を採用したいとも述べた。しかし、そんなこと初めて聞くという学生が多く、就職希望の会社名は重要でも、卒業後どの様な活躍をして世の中に貢献するのか、具体的な仕事への希望や志しは、重要視していないという印象も感じた。そのようなことから、筆者は、社会が皆さんに期待することは、会社に入社することではなく、「入社してから社会から感謝される様な大活躍をする」ことですとも言っている。

筆者は、講義の中で、我々の多くの先輩技術者がどの様な志や思いで、これまで働いてきたか、人物の例を挙げて話している。また、社会に出た時、どのようなことに遭遇するかをあまり堅い話はしないで率直に現実を語っている。

1例であるが、過去百数十年、幕末、明治維新以来、アジアに於ける新興国として技術立国を目指した日本は、当時の国際関係から不幸にも幾つかの対外戦争を経験した。戦時下の経済など、現在と比較すれば豊とは到底言えない時代であり、若者が戦争で命を失う可能性が極めて高い時代であった。そうした時代が終ったのは、太平洋戦争の終了した1945年の815日である。この日を境に、日本人の歴史で初めて、戦争による生命の危険が去り、その意味では大変素晴らしい時代の幕開けである戦後といわれる時代が始まった。戦火で町は焼かれ、仕事もなく、食料も十分でない状況であったが、我々の先輩諸氏(学生諸君から見たら祖父母であろう)は、必死の努力を重ね、多くの人が働ける仕事を創り、工場を造り、高度成長といわれる時代を経て、戦争の無い、豊と思える時代、即ち、家電、テレビ、ビデオ、自動車、新幹線、最近のパソコン、インターネット、持ち家等の欲しいものが手に入る時代を実現した。そうした過程で、技術や科学教育の大切さが認識され、次の時代を背負う多くの若い人が大学で高度の専門教育を受ける門戸も拡がった。そうした経緯や歴史を若い人に伝えることも大切であろう。

筆者の様なシニア技術者の責任かとも思い講義で語った次第である。

IEEJP HP 用原稿 2014.3.9、第1話完)